したたかに増える


 細胞の中に、元の生物と同じ遺伝子のセット(ゲノム)を元と同じ組数だけ持った生物のことをクローンといいます。クローン羊やクローン牛など、動物の世界のクローンは最近の話題となっています。私達人間などの動物は、一卵性双生児などのごく一部の例外を除いて、特別な技術を使わずにクローンを作り出すことは難しいのです。物語の世界では、孫悟空が自分の頭の毛を抜いて、息をフッと吹きかけると分身ができる術があったりして、忙しい人ならば、「あんなことができないかなー」なんて考えたことがあるかもしれません。
 ところが、植物の世界では、むしろ、簡単にクローンができない植物のほうが珍しいのです。植物の枝を切り取って、土などに挿しておくと、そこから芽や根が出て、一人前の植物として育ちます。これを挿し木といいます。植物の芽の出方にはルールがあり、茎の先端や葉の付け根には、芽が用意されています。これらの芽は必要のないときには眠っていますが、茎が切り取られたり、春になって気温が上がったりする刺激を受けると、すぐに伸び始めることができます。このような、予め用意された芽のことを定芽(ていが)といいます。
 植物の中には、予め用意された芽のほかに、必要に応じで芽のないところに勝手に芽を作り出して伸びたり増えたりしてしまう植物もあります。このようなルール破りの芽のことを不定芽(ふていが)と呼びます。ここでは、孫悟空もびっくりの増え方をする植物を紹介したいと思います。
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アフリカスミレまたはセントポーリア(<I>Saintpaulia cvs.</I>)  左の写真は、アフリカスミレまたはセントポーリア(Saintpaulia cvs.)というイワタバコ科の植物です。アフリカ原産でしかも、スミレのような感じの花を付けるため、このような名前がつけられました。空気中の湿度は好みますが土は乾いているほうが好きなので、水やりの手間も余りかからず、しかも、蛍光灯の弱い光でも生育する特性があります。このため、応接間や台所などの直射日光が射さない所で良く育ち、しかも、かわいい感じがするので、家庭園芸の対象として女性に根強い人気があります。この植物は、葉の柄(葉柄・ようへい)や葉から不定芽を出す性質が強いので、葉を一枚持ってきて、水や土に差しておくと、沢山の芽を出して、やがて根が出て増殖します。右の写真では、一枚の葉から7-8株の幼植物が芽を出しています。こんなことを聞いても、花屋さんで勝手に葉を一枚ちぎって持って帰ったりしないでくださいね。
アフリカスミレまたはセントポーリア(<I>Saintpaulia cvs.</I>)
レックスベゴニア(<I>Begonia cv. 'Wild Fire'</I>)  同じような増え方をするものに、世界各地の暖かいところに分布するベゴニア(Begonia sp.)というシュウカイドウ科の仲間があります。普通の植物では、葉の形が円形や楕円形など、左右対称になるものが普通です。このベゴニアの仲間は、左右不対称なひずんだ形の葉をつけることが大変珍しい特徴です。この特徴がこじつけられて、花言葉では、「片想い」などという悲しい言葉があてられてしまっています。
 左の写真は、俗にレックスベゴニア(Begonia cv. 'Wild Fire')と総称される葉を鑑賞する種類です。これは、葉脈の分岐点から不定芽を出す性質があり、葉をいくつかに切り分けたものを挿しても芽が出ます。日本などに自生しているシュウカイドウ(秋海棠・Begonia grandis var. evansiana)は、葉腋(ようえき・葉の付け根)に珠芽(しゅが・肉芽・むかご)をつくって、それが地面にぽろぽろと落ちて増殖します。
 イワタバコ科やシュウカイドウ科の植物は、葉だけで増えることができるものが沢山あります。でも、イワタバコ科のなかでも、ストレプトカーパス属のある種類(ウシノシタ、Streptocarpus grandisなど)は、一生涯で本葉をたった一枚しか出さない変わったものもあります。ちなみに、葉の数では、アフリカのナミビア砂漠だけに生える一属一科の大変珍しい裸子植物のウエルウイッチア(奇想天外、Welwitschia mirabilis)は、芽生え時にあった2枚の子葉はやがて脱落し、その後は、一生涯で本葉を2枚しか出しません。
レックスベゴニア(<I>Begonia cv. 'Silver Green Heart'</I>)
シキザキベゴニア(<I>Begonia semperflorence cvs.</I>)
シキザキベゴニア(Begonia semperflorence cvs.)
シュウカイドウ(秋海棠・<I>Begonia grandis var. evansiana</I>)
シュウカイドウ(Begonia grandis var. evansiana)
ウシノシタの一種(<I>Streptocarpus wendlandii</I>)
ウシノシタの一種(Streptocarpus wendlandii)
ウエルウイッチア(奇想天外、<I>Welwitschia mirabilis</I>)
ウエルウイッチアの芽生え(奇想天外、Welwitschia mirabilis)
ウエルウイッチア(奇想天外、<I>Welwitschia mirabilis</I>)
ウエルウイッチア(奇想天外、Welwitschia mirabilis)
ウエルウイッチア(奇想天外、<I>Welwitschia mirabilis</I>)
ウエルウイッチアの開花(雄花)(奇想天外、Welwitschia mirabilis)
セイロンベンケイ(Kalanchoe pinnata または Bryophyllum pinnatum)  へんな増え方をするもう一つの仲間がベンケイソウ科の植物です。あの弁慶のように丈夫でなかなか枯れたりしないことから、弁慶草という名になったように、生命力の大変強い植物です。しかし、寒さに弱いものも少なくありません。左の写真は、セイロンベンケイ(Kalanchoe pinnata または Bryophyllum pinnatum)と呼ばれる、マダガスカルやアフリカに広く分布している植物です。別名、ハカラメ(葉から芽)と呼ばれるように、葉を切り取って、萎れない程度に湿り気を与えていると、右の写真の葉に、葉の縁の鋸歯(きょし)の間のくぼみから不定芽がでてきます。芽の出方が面白いのと、芽が出るが「めでたい」に通じるのとで、人気があります。ハワイ、沖縄、小笠原なと、温かい地方のお土産品として、袋詰にされた葉がよく売られています。寒さに当てさえしなければ、茎から落ちた葉がすぐに芽を出すため、温室などではすぐ強烈に増えて繁茂し、嫌われ者です。小笠原や沖縄などでは雑草化しています。大きくなると、主に早春に3-4cmくらいの長さの赤みかがった緑色の提灯のような感じの花を沢山咲かせます。それはそれでなかなかきれいですが、1mを超える草丈になってしまうことが多く、室内で鑑賞するには少し持て余し気味の感じです。
セイロンベンケイ(Kalanchoe pinnata または Bryophyllum pinnatum)
セイロンベンケイ(Kalanchoe pinnata または Bryophyllum pinnatum)
セイロンベンケイの蕾。この袋状のがくの下部から、オレンジ色かがった花弁が現れる。
キンチョウ(錦蝶Bryophyllum tubiflorum) キンチョウ(錦蝶Bryophyllum tubiflorum)
キンチョウの花(左も)。
コダカラベンケイ(子宝弁慶Bryophyllum daigremontianum) コダカラベンケイ(子宝弁慶Bryophyllum daigremontianum) キンチョウ(錦蝶Bryophyllum tubiflorum)
 ベンケイソウ科のなかで、マダガスカル産のカランコエの仲間は、セイロンベンケイのほかにも、変な増え方をするものがいくつもあります。上の写真の左2枚は、コダカラベンケイ(子宝弁慶Bryophyllum daigremontianum)という種で、葉が茎についている時点ですでに沢山の芽が育ち、風で揺れたり触ったりするとぽろぽろと落ちて、落ちるとすぐに根を出して生長を始めるものです。右は、キンチョウ(錦蝶Bryophyllum tubiflorum)と呼ばれる種類です。これは、葉の先端にいくつかの不定芽が付きます。キンチョウは、赤いきれいな花を咲かせるので、多肉植物の愛好家が栽培しています。沖縄県の竹富島では、これが石垣に沢山野生化していてきれいな花を付けており、地元の人は、通称「サボテン」と呼んで親しんでいます。
 ほかにも、変な増え方をするものはいくつもあり、代表的なものでは、ユキノシタ科のトルミエア属の植物でピギーバックプラント(豚の後ろ草Tolmiea menziesii)という、小さ目のきゅうりのような毛深い葉の元のところに豚の尻尾のような不定芽を付けるものや、羊歯の仲間のウラボシ科では、コモチシダ(マザーファーンAsplenium daucifolium)と呼ばれる複葉状の胞子葉のあちこちに小さな子株をつけているもの、タヌキモ科のムシトリスミレの一種(桜草虫取菫Pinguicula primuliflora)という、葉の先端から子株を発生するものなどがあります。前出のベゴニアの中にも、葉を切り取らずに生えている状態で不定芽を発生する、ベゴニア・ヒスピダ・ククリフェラ(Begonia hispida var. cucullifera)というものもあります。
ピギーバックプラント(Tolmiea menziesii) ムシトリスミレの一種(Pinguicula primuliflora) ベゴニア・ヒスピダ・ククリフェラ(Begonia hispida var. cucullifera)
左はピギーバックプラント(Tolmiea menziesii)、中央はムシトリスミレの一種(Pinguicula primuliflora)、右は、ベゴニア・ヒスピダ・ククリフェラ(Begonia hispida var. cucullifera)

また、ストロン(ランナー)というような特殊な器官を延ばして増えていくもの(イチゴ(Fragaria grandiflora cvs.)、ユキノシタ(Saxifraga stolonifera)など)、花(花序)や根から不定芽を出すものなどもあります。以下の写真は、ストロンで増殖する植物の一例です。
ホテイアオイ(Eichhornia crassipes)
ホテイアオイ(Eichhornia crassipes)
ユキノシタ(Saxifraga stolonifera)
ユキノシタ
ジュウニヒトエの品種(Ajuga reptans cvs.)
ジュウニヒトエの品種(Ajuga reptans cvs.)
キンギョなどの水槽でおなじみの水草です。
熱帯アメリカ原産のミズアオイ科の植物で、
鉢に土で植えて、それを水の中に沈めて栽培
すると、沢山の花を付けます。花がヒヤシン
スに似ているので、ウォータヒヤシンスとい
う英名もあります。

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