昔、海で繁栄していた植物(藻類など)は、約4億年前に陸上に進出しました。最初は、地面に張り付いて生きるコケ植物でしたが、水や養分の輸送システム、すなわち維管束を備えるようになって、シダ植物のように茎や葉柄を使って立ち上がり、光を求めて背を伸ばすようになりました。そして、やがて乾燥に耐えて子孫を増やすための種子を作り始めました。このようにして、陸上で植物が繁栄するようになりました。つまり、陸上での繁栄のためには、他よりもより高く伸びて光を沢山受けて競争に勝ち、乾燥により耐えて子孫をいかに効率よく繁殖させるかが大切だったのです。この競争に負けた植物が、体の仕組みを進化させて、他の植物が繁栄できない、「変わった」環境に進出しました。このため、植物も「変わった」ものになったのです。
その変わり者のひとつに、陸上での繁栄を捨てて、水中に戻っていってしまった植物がいます。水中で育つ沈水植物、水中に株があって水面に出る抽水植物、浮き草暮らしの浮遊植物、葉だけを水面に広げる浮葉植物などです。陸上に進出した動物で、また海に戻っていったものに、クジラやイルカなどの仲間がいます。水草は、植物界のクジラなのかもしれません。その代表的なものに、渓流の岩に絡んで生えるカワゴケソウ(Cladopus japonicum、カワゴケソウ科)があります。被子植物なのに苔のような形態になってしまった植物です。園芸的な価値はあまりなく、また、絶滅しかかっている植物なので、カワゴケソウが栽培されることはほとんどありません。
クジラとちょっと違うところは、ある特定の植物分類学上のグループが水草になっているのではなく、コケ植物、シダ植物、単子葉植物、双子葉植物などのさまざまなグループが水草になっています。このような変化が並行的にどうして起こったのか、そのことを考えると興味は尽きません。もう一つ面白いのは、水中に展開する葉と、水面や空中に展開する葉との形態が全く異なる種類がたくさんあることです。水中とそれ以外の環境の違いが、葉になぜこのような劇的な変化を与えるのか不思議です。例えば、金魚屋さんで「カボンバ」の名前で有名な仲間のイエローカボンバ(Cabomba australis、ヒツジクサ科)は、水中では松葉のような繊細な葉ですが、水面で花を咲かせるときには、睡蓮のような葉質の丸い浮葉に変化します。また、ホテイアオイの仲間の、エイクホルニア・アズレア(Eichhornia azurea、ミズアオイ科)は、水中では細長い薄いテープ状の葉を互生するのですが、水面ではホテイアオイのような丸い葉に変化します。
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ヨーロッパで、水草を育成する愛好家が多く、日本にも色々な技術が導入されて、今では、手軽に水草を育てることができるようになりました。日本でも、水耕栽培の研究者が、土を焼いた水草用の培地を開発するなど、近年、いろいろなシステムを独自に開発し、外国にも輸出するようになっています。上の写真は、そのようなシステムを使って私が水草を育成した例です。器具さえ揃えれば、比較的簡単です。水槽をクリックすると大きな画像になります。
右の写真は、蛍光灯が光源で植物育成用32Wが1灯、三波長型昼光色32Wが2灯の合計96Wで照明しています。容積が約97リットルの水槽です。水面の光合成光量子束密度(PPF)は、293μmol m-2s-1、水面直下が277μmol m-2s-1、水深180mmで138μmol m-2s-1でした。左は、6500Kメタルハライドランプ70Wで、水面の光合成光量子束密度(PPF)は、291μmol m-2s-1、水面直下が258μmol m-2s-1、水深180mmで109μmol m-2s-1でした。容積が約65リットルの水槽です。水面の明るさでは、ほぼ、植物工場でサラダナが育つ程度だと思います。また、CO2濃度は、約18mg l-1にするように液化炭酸ガスボンベから添加しています。水換えは1週間に一度、1/4程度を行っています。
このように簡単に育てられることに特に貢献した技術を上げるとすると、(1)光合成のためのCO2の水中への供給技術、(2)高効率ランプによる人工照明技術、(3)植物栄養学的知見に基づく培地(底床)技術になると思います。(1)によって、水草の生育速度が大きくなり、他の藻類などに負けず、自然界のCO2が豊富にある環境を再現できるようになったこと、(2)ツイン管蛍光灯や高演色性のメタルハライドランプなどの登場により、光合成有効波長域400-700nmの強い光が低発熱で得られるようになったこと、(3)カルシウムイオンやマグネシウムイオンの吸着による硬度や、そのほか植物の必須元素に関するミネラルイオンのコントロールが容易になり、かつ、硝化細菌などのバクテリアの活性を高めて硝化サイクルが良く働くようになったこと、です。さらに付け加えるとするならば、添加したCO2が逃げだしにくく、大容量のろ材でろ過ができる外部ろ過システムの貢献も大きいと思います。
ここでは、このようなシステムで栽培されるきれいな水草を紹介したいと思います。
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最初はコケの仲間です。左側は、日本にも自生しているカヅノゴケ(鹿角苔、リシア、Riccia fluitans)です。葉状体がシカの角のような二股の枝分かれ構造なのでこのような和名が付いています。仮根を持たず、普通は水面に浮遊するか水際に繁茂しています。これを強制的に沈めて、強い光とCO2を与えてやると、写真のように一杯に真珠のような気泡をつけてとてもきれいです。しかし、弱い光で長い時間育てると、緑のやや濃い半透明な水中葉に変わってしまい、つまらないものになってしまいます。
右は、エビを育てるときに重宝するウイローモス(Fantinalis antipyretica)です。弱い光でもどんどん繁茂して、仮根で石などに付着して、柔らかな茂みを作ります。この苔から出る何かの物質がすきなのか、一部を食用にしているのか、エビがやってきて、しきりに手を動かして何かを口に運びます。
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次に、浮遊植物や浮葉植物です。上は、食虫植物のタヌキモの一種で南米ベレン産(Utricularia sp.、タヌキモ科)です。水面に浮遊し、葉が大きくなると、小さな袋状の捕虫器をつけて、水中のミジンコなどの小動物をわなで吸い込んで栄養源にしてしまいます。とても成長が早く、1週間で20cm位伸びます。黒い背景に浮かべるととても繊細できれいです。
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上は、フローティング・ルドウィジア(Ludwigia helminthorrhiza、アカバナ科)です。空中で育てるとごく普通の植物で白い5弁の花をつけます。その枝を水に浮かべると、1週間あまりで白い浮き袋を沢山つけます。写真の白い棒状のものがそれです。やがて、根も沢山出して、魚の大変良い隠れ家や産卵場所になります。これも南米原産です。
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上の写真は、日本の浮き草のヒシ(Trapa japonica)に良く似ていますが、前種と同じルドウィジアの仲間です。ウキバ・ルドウィジア(Ludwigia sedoides、アカバナ科)と呼ばれます。浮き草のように見えますが、水中の地下に根があり、長い茎を出して表面に浮き葉を出す、浮葉植物です。やはり南米原産で、高温を好みます。水温を十分に上げて強い光を当てるときれいな黄色い花を咲かせます。
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水草の中には、美しい赤い葉を持つものがあります。上の写真は、ニードルリーフ・ルドウィジア(Ludwigia arcuata、アカバナ科)とよばれる針のような細い水中葉を持つ植物です。空気中で育てるともっと幅広い緑色のこれといって目ただない葉をつけますが、水中で出す葉は、写真のように繊細で美しいものです。北米の原産で日本の夏に水温が上昇すると弱ります。
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南米産の美しい水草、パンタナル・レッドピンネイト(Ludwigia sp.、アカバナ科)です。これも、ルドウィジアの仲間です。水質や光の変化に敏感で、葉が縮れてしまったり、幅の広い水上葉のような葉しか出さなくなったりすることが良くあります。しかし、機嫌が良いと大変早く成長し、先端は美しいオレンジ色かがった赤色に染まります。
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園芸的にはテランセラなとど呼ばれ、初秋から晩秋の花壇に黄色や赤の模様を描く材料として使われるヒユ科の植物に近いものです。この、通称レインキーと呼ばれる、アルテラナンテラ・レインキー(Alternanthea lilacina、ヒユ科)という種類は、空中では、赤みかがった茎に緑色の葉を対生し、葉腋に小さな花をつける、あまり目ただない植物です。しかし、水中で育てると、写真のようにやや黒ずんだ真っ赤な色に染まって大変美しい植物です。水草では初心者向けといわれていますが、長期間水中で美しい姿を保たせるのは結構難しいと思います。
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上の2枚の写真は、南米産のホシクサ科の美しい緑色の水草、トニナ(Tonina fluviatilis)です。産地によって様々な変異があり、左側は、トニナspベレンと通称されている南米ベレン産のものです。葉の緑色が濃く、やや小型で葉先がカールして下に向きます。成育は早く、この仲間では大変育てやすいほうです。右は、トニナspマディラと通称されているマディラ川産のものです。色は、黄緑に近く、葉先が長く伸びてきれいです。パンタナル・レッドピンネイトと一緒に植えると色の対比がとてもきれいです。しかし、突然、先端に近いところの茎がとろけるように腐ってしまったりすることがあり、やや、気難しいところがあります。将来、分類が進むと、別種や変種に整理されたりするのではないでしょうか。この仲間は、超軟水を好みますので、硬度の高い水で育てることは困難です。
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上は、トニナに形は似ていますが、もっと小型で、透き通るような透明感のある、ラガロシフォン・マジョール(Lagarosiphon major)というトチカガミ科のマダガスカル原産の水草です。環境によっては緑色が濃くなって縮まってしまうことがありますが、光の強いところで肥料分を少なくしてうまく育てると、黄緑色のガラス細工のような美しい姿になります。光に向かって直線的に伸びず、やわらかなカーブを描いて伸びていくところも優美です。もっと繊細な、ラガロシフォン・マダガスカリエンシス(Lagarosiphon madagascariensis)という種もありますが、育ててみるならこちらです。
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ウォーター・バコパ(Bacopa caroliniana)というゴマノハグサ科で北米原産の水草です。成長して水面に顔を出すと、美しい空色の花を咲かせます。大変丈夫な水草で、水質の適応力があります。たまり水の底に土を入れて、枝を挿しておくだけで、暖かい季節には、次々と花を咲かせます。
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上は、レッドリーフ・バコパと呼ばれていますが、左のバコパの仲間ではありません。ロタラ、ミソハギ科の仲間ですので、ロタラ・マクランドラ(Rotala macrandra)と呼んだほうが正しいと思います。水中よりも水上で育てたほうが美しいピンク色になります。これを水中に入れるとピンクのバラが咲いているようで、最初のうちは言葉にできないほど美しい姿を見せます。やがて、葉の赤黒味が強くなり茎が細くなって水中に馴化します。しかし、葉が柔らかくて痛みやすく、その前に腐って溶けやすいので、水中に馴化させるのは難しいものです。しかし、一度水中葉になってしまうと、比較的丈夫で枝分かれしてよく増えます。最初ほどの美しさはなくなってしまいますが、それでも赤い水草としてはよく栽培される代表的な種類です。
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形のきれいな水草、グリーン・ロタラ(Rotala rotundifolia f.)ミソハギ科です。和名でホザキキカシグサとよぱれていて日本にも自生しています。その仲間で、葉に赤みが出ない品種です。空中の葉は、水中の葉の形とはぜんぜん違うので、これは水中だけで見られる美しさです。対の葉が規則正しく90度ずれながら出てくるので、上から見ると十字にきれいに並びます。くきも、直線的ではなく緩やかにカーブを描いて伸びるのでやわらかい感じがするものです。似たものに、ロタラ・インディカ(Rotala indica)があり、これは葉が水中で赤く染まって美しいものです。どちらも、比較的丈夫で育てやすい水草です。
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左右は、コンパクトであまり背の伸びない水草です。左は、ブリクサ・ショートリーフ(Blyxa novoguineensis)と一般に呼ばれている、トチカガミ科の東南アジア産の水草です。短い茎に、褐色の斑点がややある細長い葉を出して、まるでススキの原っぱのミチニュア版のように茂ります。日本にも自生しているヤナギスブタ(Blyxa japonica)に近い仲間です。
右は、オーストラリア原産のグロッソスティグマ(Glossostigma elatinoides)ゴマノハグサ科です。光が強いと、横方向に伸びてマッチ棒の頭ぐらいの葉を密生して緑色のマットを作ります。調子が良いと、葉の表面がつやつやと光って美しいのですが、だんだん老化してくると、表面に緑色の藻類が付着したり、黄色くなった葉が目立ったりして、美しく維持するためには、庭の芝生並に手がかかります。
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