植物と文化


 従属栄養生物である人間は、植物なしには生きていけません。生きるために食べるだけでなく、生活するためにも様々な植物を必要とします。食べられない花でさえ、愛でたり儀礼に使う習慣が、遠い昔からわれわれ人類という生物に刻まれていることの証拠も、縄文人の遺跡や、ライバル種だったネアンデルタール人の遺跡の調査(千葉大の安藤先生のページ)から発見されています。植物を栽培できるようになって、人間はやっと定着した生活が送れるようになったのです。人間が定住する村では、様々な祭りが行われました。それは、収穫を感謝するものであり、豊作を祈るものでもありました。人間の文化と植物栽培は強く結びいついていると言えましょう。農業(Agricultre)や園芸(Horticulture)という語も、文化・栽培(Culture)という語が含まれています。ここでは、さまざまな人間の文化的活動と結びついている象徴的な植物についていくつか紹介したいと思います。


■修行の薬、茶と珈琲

 植物由来のノンアルコール嗜好性飲料として我々がよく飲むのが、茶と珈琲です。まず、茶からはじめましょう。

茶畑(Camellia sinensis)チャの新芽(Camellia sinensis)  左は新芽が伸びだした日本の茶畑です。チャ(Camellia sinensis)は、中国の雲南地方原産のツバキ科の木本植物です。人類がチャを口にした最も古い記録は、B.C.2737年であるといわれています。自ら人体実験して薬草を探し求めた神農と呼ばれる人がいました。彼は毒草に負けない強靭な体でしたが、それでも様々な毒草を試して中毒した時に、チャの葉を解毒剤として使用したという話が残っています。茶に関する最も古い専門書は、760年に唐の陸羽が書いた「茶経」です。「茶者、南方之嘉木也。自一尺二尺廼至数十尺。・・・(チャは南の地方にある良き木である。高さは一〜二尺から数十尺まで。・・・)」という有名な書き出しで始まる本書は、茶に関係する人ならば一度は目を通しているはずです。中国から日本に飲茶の習慣をもたらしたのは、禅僧の栄西であるといわれています。禅宗の修行で、僧が苛まれる眠気を防ぐために茶が僧の間で広く飲まれていました。1211年に栄西が著した「喫茶養生記」は、日本の茶に関する古典として有名です。「茶者養生之仙薬也。延齢之妙術也。山谷生之其地神霊也。人倫採之其人長命也。・・・(茶は健康のための不思議な薬である。寿命を延ばす不思議な働きがある。この木が生えている山や谷は、特に神や霊の宿る場所だ。人間がこれを収穫して用いれば、命を長らえる。・・・)」という序から始まります。

やぶきたの伸び煎茶(Camellia sinensis)鉄観音の青茶(Camellia sinensis)  最初は、茶の葉をそのままか、火で炙ってから、鍋などに入れ、漢方薬のように煮出して用いていたようです。それに近い飲み方は、番茶という種類の茶に残っています。やがて、上右のように、柔らかくて甘み・うま味のある新芽を摘んで、加熱して(煎じて)お茶にするようになり、煎茶が日本では主流になりました。日本では、新芽を摘んで直ぐに蒸して、葉の中の酵素を破壊して発酵を防ぐ(殺青)、緑茶が中心です。しかも、蒸す温度を高くして茶葉が細かく切れた形状の深蒸し茶が、茶の色(水色)に緑色が濃く出て味も濃厚なので好まれています。一方、低い温度でゆっくりと揉んで針のように細くした昔ながらの伸び煎茶は、黄色い山吹色の水色で香りが爽やかなので、年配者を中心に通の愛好者はこちらを好むようです。左の写真が、伸び煎茶です。自宅の深蒸し茶と形状を比べてみてください。日本の品種は、経済的特性の良い「やぶきた」という品種が大部分です。山間部などで種子繁殖で増殖したクローンでない在来と呼ばれるものも栽培されています。最近では、インドなどで紅茶用として栽培されるアッサムチャ(C. sinensis var. assamica)と掛け合わせた印雑と交配したり、中国茶の品種と交配したものも注目を浴びており、花の香りのある「ふじかおり」や、清香が感じられる「おくひかり」などがあります。また、茶道で用いる抹茶は、覆いをかぶせて栽培する方法で生産された緑茶のてん茶が原料になっています。

 日本では、緑茶と紅茶が飲まれるくらいで、あまり沢山の種類のお茶はありません。特に珍しいものとして、茶葉を漬け込んで乳酸発酵させる後発酵茶の黒茶の一種である阿波番茶、碁石茶などがある程度です。ところが、お茶のルーツである中国では、様々な種類のお茶があります。製法によって、緑茶、紅茶、青茶、黒茶、白茶、黄茶があり、この他に、花を香り付けに入れた花茶、湯を入れると乾燥花が現れたり花のような形になって眺めても楽しめる工芸茶があります。青茶は、発酵を途中で止めた茶で、日本では俗にウーロン茶と総称されていますが、実際には、緑茶に極めて近いものから、ほとんど紅茶に近いものまであります。緑茶は若葉の青臭い爽やかな匂い、紅茶は枯葉の香ばしい甘い匂い、この2種の特徴的な匂いがうまくブレンドされると、キンモクセイのような花の香りになります。青茶は、葉の中の酵素を破壊して発酵を停止する殺青までの時間を微妙に調整して、緑茶や紅茶に無い、独特のすばらしい香りを出しています。ペットボトルのウーロン茶ではなく、本当の中国茶を試したことの無い日本人が、最初に飲む中国茶としてお勧めするのは、台湾の文山包種茶と福建省の鉄観音という品種による青茶です。熱湯でよく蒸らして淹れてみてください。右の写真が福建省の鉄観音による青茶の例です。茶葉が団子状に丸まっているのが特徴です。どちらも比較的緑茶に近く、しかも特有の花のような香りが体験でき、きっと好きになるでしょう。

アラビアコーヒー果実(Coffea arabica)アラビアコーヒー花(Coffea arabica)  左がアラビアコーヒー(Coffea arabica)の果実です。右写真のような白い花が咲いた後に実る、アオキの実より一回り小さく、赤または黄色をした果実には、うすら甘い味がするパルプ質の果肉があり、その中心に薄皮に包まれた2粒の種子があります。このため、コーヒー豆は、互いに種子がくっついていたところが平らになった半球形をしています。

 茶に比べると、珈琲は、それほど古い記録がないようです。もともと、アフリカのエチオピア原産のアカネ科の植物であるコーヒーノキは、木に成っている果実を食べたヒツジが興奮して暴れるのを羊飼いが見て、興奮作用が発見されたといわれていますが、真偽のほどは定かではありません。そして、仏教徒が修行用の妙薬として用いた茶のように、回教徒が実を砕いて服用しで薬として用いたようです。この種子をそのまま生で砕いて煮出して飲用にしても少しもおいしくありません。一体、どのようなことがきっかけで、焙煎して使用するようになったのでしょうか。コーヒー豆を焙煎してみるとわかりますが、炒っている過程で豆は2回はじけます。最初は青臭い匂いと煙が出ていますが、やがて香ばしい匂いに変化します。さらに炒り続けると豆から油が出てきて、最後には引火して火がつき炭になってしまいます。どの段階で焙煎を止めるかで風味がびっくりするほど変わります。山火事で偶然発見された、神が夢枕に現れて啓示した、など、いろいろな話があるようですが、正確なところはわかりませんでした。珈琲について最初に述べた記録は、アラビアのラーゼス(850年〜922年)が、「刺激的なバンカムはさっぱりした味」と述べたという記録があるようです。当時はコーヒーノキと豆のことを「バン」、飲料である珈琲のことを「バンカム」と呼んでいたようです。コーヒーは、アラビア種、ロブスタ種、リベリア種の3種が飲用に供されています。このうち、アラビアコーヒーが最も香りが良く品質も良いとされています。品種は、ブルボン、マラゴシッペ、メデリンなどがありますが、ほとんどは出荷する場所で呼ばれています。お勧めの銘柄は、コーヒーの原産地にとても近い産地のモカマタリと、水洗式(ウオッシュド)のコロンビアメデリンです。モカマタリは、昔ながらの乾燥式で製造され豆も不揃いですが、野趣に富み香りも秀逸です。ただし、生産量が少なく偽物やブレンド品が多いので注意してください。コロンビアメデリンは豆も揃っていてきれいで、生産量も多く、ストレートで飲んで柔らかな甘みのある味でおいしいです。あとは酸味が抑えられたハワイコナのオールドビーンズや、スマトラマンデリンなども好きです。ジャマイカブルーマウンテンは日本では有名ですが、希少価値が主で価格ほどのおいしさがあるかどうか私には良くわかりません。


■紙と植物

 文字を発明した人類は、記憶に頼らず歴史を留め、後世に伝えることを可能にしました。古くは、ロゼッタストーンのように石に刻んでいましたが、とても骨の折れる作業だったと思います。そこで、身近にある薄くて文字を書く都合の良いもの、つまり木の札や植物の葉に文字を書くようになり、それは薄くて束ねるのにも都合が良かったので普及したのです。やがて、植物から繊維を取り出して、それを板状に固めて紙を作り、使うようになったのです。ここでは、紙のように使用される植物について書いてみたいと思います。

タラヨウ(Ilex latifolia)タラヨウの葉書(Ilex latifolia)  インドでは、お経を書くために、ヤシ科の植物の葉を用いました。使われたのは、オウギヤシ(Borassus flabellifer、別名ウチワヤシ、パルミラヤシ)と、コウリバヤシ(Corypha umbraculifera、別名タリポットヤシ、セイロンゾウゲヤシ)の2種だそうです。この葉を適当な大きさに切り、短冊状にしたり綴ったりして、そこに経文を書きました。このようにして記録されたお経が、中国や日本に伝来しました。博物館に行くと、オウギヤシ(現地名:ターラ)の葉に書かれた経文が展示されています。これを現地の言葉でパトラと呼んでいて、、それが中国で漢語に音訳され「貝多羅」となりました。これが日本に伝わり、バイタラと発音されました。葉に文字を書いたのでまさに葉書です。日本では、寒くてオウギヤシが育たず、これに代わる植物として、モチノキ科の木本植物に、貝多羅から由来する多羅葉、つまり、タラヨウ(Ilex latifolia)という名前を付けて、お寺に植えるようになりました。この木の葉は、傷を付けるとそこの部分が黒く変色します。この性質で、鉄筆などを使って文字を書くことができたのです。タラヨウは、別名を葉書の木とも呼んでいます。照葉樹の中には、程度の大小がありますが、葉に熱を加えたり傷を付けたりすると変色する性質を持つものが良くあります。タバコや線香の火を葉に当てると、その周りに黒い輪が浮き出るので死環と呼ばれ、種類の判別の手かがりになります。

パピルス(Cyperus papyrus)パピルス矮性品種(Cyperus papyrus cv. 'Nanus')  紙のことを英語でpaperといいますが、その語源になった有名な植物が、左の写真に示したアフリカ原産のカヤツリグサ科のパピルス(Cyperus papyrus)です。根本から断面が三角形の1.5〜3m位の茎を伸ばし、そこから枝分かれしイグサのような細い葉をぼさぼさと伸ばして花もつけます。右の写真は、背丈が低い品種で、鉢植えにもできる矮性のパピルス(Cyperus papyrus cv. 'Nanus')です。根は水湿を好み、池や水皿に根が漬かっているような状態で育てます。寒さには弱く、本州では戸外で越冬するのは困難でしょう。

 紙に利用する部分は、茎の中にある髄です。茎を切り取り、表面の皮を剥いで髄だけにします。それを切れるナイフで薄くスライスして、水が染み込むように数日水に浸しておき、それを取り出して、縦方向に一重に隙間無く並べ、その上に横方向に 直角に隙間無く並べ、後は、圧力を掛けて水を出して密着させます。それを乾かすとパピルスの出来上がりです。繊維にばらして梳いている訳ではないので、正式には紙と呼べないものなのでしょうが、上述した単なる葉書と比べると加工度が上がっていて、より紙に近いものと呼べると思います。

 少し離れたところにありますが一段おいた下左は、上述した方法で製作したパピルスに絵を描いたパピルス画です。エジプトみやげとして良く売られています。髄が縦と横に直角に交差している様子がわかります。また、図柄にもパピルスの植物体とパピルスを使った葦舟が図案化して描かれています。

 日本における高級和紙の原料植物として、クワ科のコウゾ(Broussonetia kazinoki x B. papyrifera)、ジンチョウゲ科のミツマタ(Edgeworthia chrysantha)とガンピ(Diplomorpha yakushimensis)が有名です。コウゾはクワの木に近いクワ科の植物です。この仲間にカジノキ(Broussonetia papyrifera)があり、良く似た植物です。日本では、旧暦の7月7日に七夕(しちせき)の節句があります。これは中国の乞巧奠(きこうでん)という機織などの技芸の上達を願う行事が起源になっており、先祖に備える布を織る女性を棚機つ女(たなばたつめ)と呼ぶことから七夕の節句を「たなばた」と呼ぶようになったそうです。最近では五色の短冊に願い事を書きますが、江戸時代は、7月7日の早朝にサトイモの葉にたまった露を集めて墨をすり、7枚のカジノキの葉に願い事を書いて7月7日の晩に供えていたようです。江戸時代に大衆化する以前の、もっと古い伝統を受け継いで、現在でも京都の冷泉家で七夕の行事が行われていることは有名です。コウゾは、日本に昔からあるが紙料植物としては品質の劣るヒメコウゾと、南方を中心に広く分布している紙料繊維植物のカジノキとの雑種と言われています。昔は、カジノキとコウゾはそれほど明確に区別されていなかったこともあり、学名にも混乱が生じています。下の左の写真がコウゾ、下中と右の写真がカジノキです。これらは、葉の形が変化しやすく、両者は大変似ています。区別する点は、右下のように、カジノキは葉の柄や葉の裏側が毛深いという特徴があります。毛深いために、墨の乗りが良くカジノキが七夕の短冊の用途に使われる一因になったのかもしれません。カジノキは、上に述べたようなことから紙に関係する植物として、それを短冊代わりに使ったのではないでしょうか。江戸時代の浴衣の柄でも、七夕には「カジノキの葉と筆」というのがあったそうです。

コウゾ(Broussonetia kazinoki x B. papyrifera) カジノキ(<I>Broussonetia papyrifera</I>) カジノキ(<I>Broussonetia papyrifera</I>)の毛深い葉柄と葉身

パピルス画(Cyperus papyrus)ミツマタ(Cyperus papyrus cv. 'Nanus')  右の写真のミツマタは、枝が三つに分かれるところからこの名前がつけられたようです。和紙の原料として栽培されますが、花も美しいので観賞花木としても栽培されます。赤花もあります。ジンチョウゲ科の植物には繊維が強靭なものが多いようで、鬼も縛るほどのオニシバリ(Daphne pseudo-mezereum)という名前の植物もあったりします。ナデシコ科のカーネーションの仲間の植物も、花びらの形が睫毛のついたまぶたに似ていることから、眼皮(ガンピ)と呼ばれたこともあったようです。ここでのガンピはそれとは別の、やはりジンチョウゲ科の植物です。栽培植物化が難しいと言われ、調達は自生植物の採取に頼っていました。しかし、現在では、わしが余り製造されなくなったので、各地に自生が良く見られるようになったという情報もあります。


■ヨーロッパの文化、幸福のクローバー

 ヨーロッパ原産のマメ科のシロツメクサ(Trifolium repens)は、昔の日本人にとっては、江戸時代の輸入品のパッキング材に使われている単なる干草に過ぎませんでした。このため、白詰草(シロツメクサ)という和名がつけられました。しかし、牧草や蜜源植物としても使われ、身近な存在であるヨーロッパの人々は、その3枚の小葉に特別な意味を持たせたようです。それはキリスト教の大部分の宗派が支持する中心的教義である三位一体(神、神の子キリスト、聖霊の実体は同一であるという教義)と結び付けられ、それを象徴する調和のシンボルとして、キリスト教の教えを広めるための道具として使われました。そして、三位一体を具現しているクローバーの三つ葉は、それ自体が幸福をもたらす象徴にされたのです。そのなかで、時折まれに見つかる四つ葉のクローバーは、その形からキリストが負った十字架を想像させ、そのめずらしさからも、偶然に四葉のクローバーを見つけ、それを摘んで持っていると幸福になれると考えられるようになりました。

クロバツメクサ(Trifolium repens var. nigricans)シロツメクサ・多葉系(Trifolium repens cv. multifoliolum)  脱亜入欧の考え方が大きかった明治時代からの日本の風潮も影響し、四つ葉のクローバーを幸福のシンボルとするヨーロッパの考え方は、日本にも広く普及しました。有名なジョークがあります。『ある酔狂な大富豪が言った。「もしも青いキリンを私に見せてくれるなら、莫大な賞金を出そう」それを聞いたそれぞれの国の人たちはこんな行動をとった。イギリス人は、そんな生物が本当にいるのかどうか、徹底的に議論を重ねた。ドイツ人は、そんな生物が本当にいるのかどうか、図書館へ行って文献を調べた。アメリカ人は、軍を出動させ、世界中に派遣して探し回った。日本人は、品種改良の研究を昼夜を問わず重ねて、青いキリンを作った。中国人は青いペンキを買いにいった。早坂 隆、「世界の日本人ジョーク集」』。日本人は、このような改良を一生懸命についやってしまう性癖があるようです。歩きまわって四つ葉を探すのではなく、交配・選抜・環境調節をして、誰でもどこでも手軽に四つ葉のクローバーを手に入れられるようにしてしまったのです。その結果、四つ葉の割合が多い多葉性品種が市販され、普及するようになりました。牧場や道端で栽培・帰化しているシロツメクサを観察してみると、四つ葉が比較的多く生える株をまれに見つけることがあります。ただ、共通する明白な生育環境があまりないので、環境的要素より遺伝的要素が大きいのかもしれません。さらに、四つ葉以上の小葉の多葉性が観察されており、記録に残っているものでは、日本人がギネスブックに登録した18小葉があるそうです。左の写真は、クロバツメクサ(Trifolium repens var. nigricans)という変種で、葉が比較的小型で表面に黒色の色素が入りますが、四つ葉を特に出しやすく、古くから「四つ葉のクローバー」として日本で流通しているものです。'Tint Nero'(ティントネーロ)という品種名で流通するものも似ていて、同一かどうかわかりません。右は、通常のクローバーのなかで多小葉が出やすい系統(Trifolium repens cv. multifoliolum)です。葉の白い模様が少し薄い以外は、シロツメクサの形態に近く、また、五つ葉、六つ葉も時々出す性質があります。

アカバツメクサ(Trifolium repens f. roseum)シロツメクサ・ティントベール(Trifolium repens cv. 'Tint Veil')  左の写真は、クロバツメクサと並んで、もう一つの観賞用の品種であるアカバツメクサ(Trifolium repens f. roseum)です。'Wheatfen'(ホウィートフェン)という品種名で流通するものもほぼ同様と思われます。葉がローズ色だけでなく、赤い花を咲かせます。右は、パテント登録もされている'Tint Veil'(ティントベール)(Trifolium repens cv. 'Tint Veil')で、四つ葉はありませんが、葉面先端部の白い文様が大きく入り、美しく観賞価値の高い品種です。ちょうど、後述する品種のハーレクイーンから赤い色素をなくした模様です。白系なので様々な花色、葉色と調和し、カラーリーフプランツとして花壇などの植栽素材として、今後、沢山利用されるのではないでしょうか。

ハーレクイーン(Trifolium repens cv. 'Harlequin')オキザリス・デッペイ(Oxalis deppei)  左は、ハーレクイーン(Trifolium repens cv. 'Harlequin')という品種です。菱形の模様の服を着て、黒い仮面をつけたイタリアの即興喜劇の道化役であるハーレクイーンの雰囲気にぴったりの模様です。白、赤、緑というクリスマスカラーの模様なので、温室で美しい葉色に育てて冬季に出荷すれば、クリスマス用のデコレーションとしても人気を得るかもしれません。右は、ラッキークローバーや四つ葉のクローバーという商品名で流通している球根植物のオキザリス・デッペイ(Oxalis deppei)です。これは、クローバーの仲間でも無く、さらに、マメ科でもないメキシコ原産の球根性のカタバミの仲間です。しかし、出る葉は全て四つ葉になり、花もきれいで暖かければ一年中育つので、良く栽培されます。別名を食用カタバミとも呼び、秋に球根を地中に引き込むための特殊な根(索引根)が小さな大根のように肥大し、それを食べることができます。試しに食べてみたら、ジューシーでうすら甘い梨のような味でした。また、イラストの四つ葉のクローバーの中には、この植物をモデルにしたのではないかと思われる模様と小葉先端の切れ込みが描かれているものもあり、ちょっと複雑な思いがします。中央の黒い模様がほとんど入らない系統もあります。

デンジソウの一種(Marsilea mutica)シロツメクサ・多葉系の5つ葉(Trifolium repens cv. multifoliolum)

また、抽水植物の水辺に生えるデンジソウ(Marsilea quadrifolia)も、四つ葉を持つシダ植物で、葉の形が「田」の字に見えることから、そう呼ばれています。この仲間は、温帯・熱帯地方にいくつかの種類があり、葉はみな四つ葉です。最近導入された、オーストラリア産のMarsilea mutica(左の写真)は、葉の白い線状の模様まで入って、表面につやがあり色がやや淡いことを除けば、クローバーに本当にそっくりです。いわば、水草の四つ葉のクローバーでしょう。これらは、本当の四つ葉のクローバーでないと苦言を呈する向きもありますが、形状が同じならば、もともと異教徒を納得させるためのこじつけである本来の趣旨からいってクローバーでなくても良いと私は考えます。四つ葉の幸福なワイルドストロベリーなどもあるのかもしませんね。いずれにしても、四つ葉の幸福文化はすっかり日本人に定着してしまっていることは明らかです。右の写真は、先ほどの四つ葉の割合が多い多葉性品種の5つ葉の写真です。


■仏教の三大聖樹

 仏教のお釈迦様にまつわる三種の植物は、仏教の三大聖樹と呼ばれて大切にされています。人生の三大イベントは、「誕生」、「結婚」、「葬式」と俗に言われていますが、お釈迦様の場合は、「結婚」が「悟り」になり、それらのイベントの折に傍らにあった植物が選ばれています。

ムユウジュ(Saraca indica) インドボダイジュ(Ficus religiosa) サラノキ(Shorea robusta)

 上の3枚の写真が、仏教の三大聖樹です。左から、ムユウジュ(Saraca indica)、インドボダイジュ(Ficus religiosa)、サラノキ(Shorea robusta)です。ジャケツイバラ科のムユウジュ(アショカノキ)は、オレンジ色のサンタンカのような美しい花を咲かせる木です。お母さんである摩耶夫人が、お産のために里帰りする途中、今はネパール領のルンビニー園の池で水浴をしました。その時に産気づき、傍らにある木に手をかけたそのとき、右腋?からお釈迦様である男の子が生誕したそうです。その木がムユウジュであるといわれていますが、サラノキであると言う説もありますし、池の遺跡の傍らにはインドボダイジュが植えられているようで、真偽のほどはわからないような気がします。でも、花の派手さでは3種の中で一番ですし、誕生を祝う雰囲気の植物は3つのうちどれかというと、ムユウジュになるのではないかと思います。

 葉の先端が尾状に長く伸びるのが特徴のインドボダイジュ(テンジクボダイジュ)は、クワ科のイチジクの仲間です。この木は横に広がる大木となり、良い日陰を作り出す木です。ガジュマル、ベンジャミンゴム、アコウなどもこの仲間です。インド東部のネーランジャヤー川近くのブッダガヤで、この木の下にお釈迦様は座って7×7=49日間瞑想して、ついに悟り(bodhi、ボダイ、菩提)を開き、悟った人(buddha、ブッダ、仏陀)になったそうです。ここから、菩提樹と呼ばれています。熱帯植物なので耐寒性は無く、温帯地方の寺院に路地植えするのは無理です。そこで、葉の形が比較的似ているシナノキ科のセイヨウシナノキ(Tilia miqueliana)を代わりに用い、ボダイジュと呼ぶのです。このセイヨウシナノキも、お茶の所で出てきた栄西が中国から持ち込んだそうです。このため、日本においては、こちらのほうがボダイジュを名乗り、本家がわざわざインドボダイジュと名乗らなければならなくなってしまいました。さらに、仏具の数珠に、菩提樹の実で作ったという品が沢山販売されています。インドボダイジュの種子は、イチジクの種子ぐらいで1-2mm程度しかなく、また、果実は小さな形のイチジクです。この果実を良く乾かせばドライフルーツのイチジク程度以上の硬さにはなり、さらに、樹脂やニスを塗って防水補強の加工を施せば、数珠玉にできないことはないでしょうが、数珠としての適性はあまり無いと思います。そこで、菩提樹の実の数珠として良く使われている代用品が、ハス(Nelumbo nucifera)の種子、ホルトノキ科のインドジュズノキ(Elaeocarpus sphaericus)の種子、前述のボダイジュの種子などです。

 サラノキは、フタバガキ科の30m位になる高木です。大きな葉をつけますが、花は直径2-3cm程度の星型で黄色を帯びた乳白色の比較的地味なものです。旅をしていてインド平原北端のクシナガラに着いたとき、死期が近いことを悟られたお釈迦様が、四方に2本ずつ植えたサラノキ、または、2本のサラノキの間にしつらえた床に横たわって入滅されたという話が伝えられています。これが、沙羅双樹と呼ばれる由来ですが、なぜ植えるのが一箇所に2本である必要性があるのかについての理由を見つけることはできませんでした。前者では沙羅八樹のような気もします。何か意味があるのでしょう。80歳で息を引き取られたお釈迦様に、突然サラノキが花を付け、その落花が降り注いだと言われています。サラノキも熱帯植物なので、日本の寺院に路地植えはできず。ツバキ科のナツツバキ(Stewartia pseudo-camellia)をシャラノキと呼んで代用にしています。


■金運祈願の植物

 お金にがめついのは卑しい証拠といいながら、貨幣経済の中で暮らす庶民の願いは、やはり、「生活に不自由なく、しかも、少しの贅沢ができる程度のお金があったらなあ」というところが本音ではないでしょうか。江戸時代の昔から、金運の良くなる植物というのがいろいろと注目されてきました。園芸植物の珍奇希少性を利殖の種にするのは、古今東西を問わずありました。長生舎主人という人は、天保年間(1830,1833)に金生樹譜という本を著しています。まさにカネノナルキの本です。このような利殖の対象になるような植物の話は、江戸時代の奇妙な園芸植物をご覧ください。ここでは、金運成就を祈願して、ささやかな願いを込めてだれでも買える程度の植物についていくつか紹介したいと思います。

センリョウ(Chloranthus glaber) マンリョウ(Ardisia crenata) アリドオシ(Damnacanthus indicus)

 上の3種の植物は、江戸時代に金運が良くなる植物として、3種ワンセットで集められたものです。左から、センリョウ科のセンリョウ(Chloranthus glaber)、ヤブコウジ科のマンリョウ(Ardisia crenata)、そして、アカネ科のアリドオシ(Damnacanthus indicus)です。昔のお金の単位である両をつけて、一両(アリドオシ)、十両(ヤブコウジ(Ardisia japonica))、百両(カラタチバナ(Ardisia crispa))、そして、千両、万両と呼ばれます。アリドオシは、鋭いとげがあって茎を這うアりさえも刺し通してしまいそうだから、とか、果実がいつも在り通しているから、こう呼ばれると言われています。どうして三つそろえると金運が良くなるのかといいますと、名前を並べて呼べば、「千両、万両、有り通し」で、いつも千両や一万両の金が有るということからです。単なる語呂合わせといえばそれまでですが、漫然と植物を育てるよりも、遊び心を持ってテーマを考えて植物を集めて育てるほうが楽しいような気がします。一度試してみませんか。

ゴウダソウ(Lunaria annua) コバンソウ(Briza maxima) 落日の雁(Crassula portulacea cv. )

 現代でも、金のなる木として栽培されている植物があります。左上の写真は、ゴウダソウ、オオバンソウ、ルナリア(Lunaria annua)というアブラナ科の植物です。紫色や白色の花が春に咲いた後、種子を入れた莢が円盤状に育ちます。枯れてきたら切り取って、陰干しし、注意深く両側の果皮をはがして種を取り去ると、中央の銀色の薄い膜が残って、木に銀貨が成っているように見えます。このため、英名はシルバーダラーと呼ばれます。合田さんという人が日本に導入したので、ゴウダソウと呼ばれています。栽培のコツは、種を春から初夏までに播いて、秋までに十分な大きさに育ててから寒さに当てないと春に開花しません。また、ヨーロッパ原産のイネ科植物で、明治時代に日本に入って帰化植物になった、まるで小判がぶら下がっているような花序になる上中の写真のコバンソウ(Briza maxima)も、ドライフラワー原料として栽培されることがあります。タワラムギなどの別名もあります。右上は、その名もズバリ、「金のなる木」と呼ばれるベンケイソウ科のクラッスラ属の仲間(Crassula portulacea)です。特に、花月が代表品種ですが、写真のような斑入りの種類である落日の雁や、花つきの良い華花月など、いろいろの品種があります。名前の由来は、新芽が細い時に、50円玉か5円玉のような穴あきの硬貨の穴を、その新芽に差し込んでおきます。すると、穴の先に葉を展開して茎が伸びて行くので、まるで茎の途中にお金がはまっているような様子になり、しかも、上の葉が十分展開するとどうやって入れたか一見わからないようになり、ここから、お金が成ったような木姿になるので、こう呼ばれます。茎はどんどん太るので、やがて硬貨を通した部分から折れてしまうのですが、しばらくの間は鑑賞できます。

 このほかにもブラッシノキ(Callistemon citrinus)も、ブラシ状の赤い花序の先端についた黄色の花粉が金粉のように見えるので、金宝樹(キンポウジュ)と呼ばれたり、幼果は白で成熟すると黄色になるナス科のタマゴナス(Solanum melongena var. pumilio)は、金銀茄(キンギンナスビ)と呼ばれたり、スイカズラ(Lonicera japonica)は良い匂いの白い花が古くなると黄色に変色し、金銀花(キンギンカ)と呼ばれたりします。フッキソウ(Pachysandra terminalis)は、白い真珠のような果実が美しく気品があり日陰でも丈夫で繁栄することから富貴草と呼ばれます。また、キンセンカ(Calendula officinalis)は、日本では金盞花(金色の杯型の花)という字をあてますが、中国の古い話では金銭の代わりの賞品にこの花をもらったことから、もとは金銭花だったというような話も、本当か嘘かわかりませんが、あるようです。太陽の光を受けてきらきらと咲くキンセンカのまん丸い花は、月というより金貨のように見えるかもしれません。緑の太鼓(Xerosicyos danguyi)と呼ばれるウリ科のつる性多肉植物も、葉がお金のように見えないこともありません。このような植物も、将来、金運にまつわる商品名がついて出回るかもしれませんね。


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