補虫器の手触りはなめし皮のようで、堅いものからやや柔らかいものまであります。この植物で大変面白いところは、この補虫器のできかたにあります。新葉の先に巻きひげ状のつるが付いています。先端の色や形が少し違っているのですか、それが日増しに膨らんできます、やがて、それは、ふた付きの壷に成長して、中を光に透かしてみると、1/5位まで液体が入っていることがわかります。やがて、完全に成長するふたが開き、虫がやってくるのを待ちます。一度開いたふたは、閉じることはありません。ふたの用途は、雨除けと言われていますが、種類によっては、本当にその目的なのか疑問があります。
壷の内側は、ろうを塗ったようにつるつるで滑りやすくなっています。壷の縁には、種類によってあまり目立たないものもありますが、えりが発達していて、ふたの付け根とえりから蜜を出して虫を誘います。蜜を舐めているうちに足を滑らせた虫は、壷のなかに落ちてしまいます。壷の中には液体があって、その中で溺れ死んでしまいます。ふたが開いた壷の中の液体は空気や微生物の影響で酸性になり、液体の中にある蛋白質の消化酵素が働き出して、虫を消化してしまいます。
壷の大きさは、まちまちで、40cm以上の高さをもつ大きなものから、直径1cm程度のちいさなものまでいろいろあります。右の写真は、栽培が簡単なダイエリアナという品種で大人の手のひらよりも大きな壷をつけます。このくらいになると、結構大きな蜂まで捕ってしまいます。壷の色や形もさまざまで、緑の単一のもの、クリーム色のもの、赤いもの、黒いもの、斑点のいるもの、ツートンカラーのものなどがあります。筒状、壷状、漏斗状、円錐状、ひょうたん状など、形もいろいろです。
さらに、面白いのは、つるの先端と株元で壷の形が異なることです。同じ植物とは思えないほどです。左と右の写真は、壷の形が違いますが、同じ、ミクスタという品種です。左側が株元の補虫器、右がつる先端の補虫器です。この理由は良く分かりませんが、捕らえられる虫の種類が株元と先端では異なるので、目を引きやすい形や色に変わっていると言う事なのでしょうか。株元ではアリの仲間が多く、先端では飛来する昆虫が多くなるので、それに合わせているのかもしれません。
つるが長く伸びると、先端に花を付けます。花は、褐色から黄土色で、雄花と雌花が別々の株に咲きます(雌雄異株)。見にくいですが、左側の花は雄株のもので、そのとなりの拡大図は、雌株のものです。雌花は、柱頭が樽状に膨らんでいるので分かります。これに対して、雄花は、マッチまたはまち針の頭状の雄ずいがあります。大きさは、5mm〜1cm程度であまり大きくありません。シイノキやクリの花のような悪臭を漂わせます。
下の写真は、ウツボカズラでも、一般受けする爽やかな美しい袋をつける、ベントリコーサと言う種です。日本の夏の暑さにやや弱いのですが、秋と早春には、写真のようなきれいな袋を付けて、私達を楽しませてくれます。誰ですか、「洋式便所に似ているな」って下品なことを言っている人は?
下の左の写真は、上と同じベントリコーサという種ですが、このように赤く斑点のあるものが、原産地では一般的です。真中は、ベントリコーサとベリーという種との交配種です。このように、真っ赤な袋もまた美しいものです。右下は、ウツボカズラとはちがう種類ですが、やはり、捕虫袋で食虫する植物です。オーストラリア原産で、毛が生えていて、捕虫袋の上の蓋にある模様がユキノシタという植物の雰囲気にそっくりなので、フクロユキノシタ(Cephalotus foliculalis)と呼ばれます。これは、袋の大きさが、3-4cm止まりで、ウツボカズラよりは小型で、ツルも伸びませんし、地面で育つ地生植物です。また、凍らない程度の低温には耐えます。
右の写真は、ウツボカズラの補虫器に似た形の花を付ける、ランの仲間、Paphiopedilum・パフィオペディラムです。植物園などで、食虫植物と間違えられて、虫などを投げ込まれいているのをよく見かけます。実は、この花も虫の働きを利用して花粉を送扮しようとしているのです。蜜を吸いに来た虫が、誤って足を滑らせて、この壷に落ちます。壷に落ちた虫からは、袋の付け根の部分だけが筒状になっていて、抜け出やすそうに見えます。筒の出口の部分には、柱頭があり、そこから通路は左右に分かれて、それぞれの脇の部分には、花粉の塊が飛び出しています。やっとの思いで、狭い筒状の部分から外に抜け出すと、虫の体にはしっかりと花粉の塊が付着するという寸法です。別の花に落ちると、今度は脱出する時に、花粉が柱頭に付着して、送粉が成立します。
ウツボカズラの栽培は、寒さに弱いので少し難しいと思います。とくに、立派な壷をつけるためには、いろいろな工夫が必要です。園芸店でよく市販されている品種は、このページの一番上に写真のあるヒョウタンウツボカズラです。これは、ウツボカズラの仲間では一番簡単に栽培できますので、まず、これが十分に育つようになってから、珍しい種類に挑戦するといいでしょう。原産地によっても好む環境は異なりますが、たいていのものは、梅雨時のむしむしする多湿な環境を好みます。そして、意外な事に、日光も大変好み、かなり強い光に当てたほうが、色の良い、立派な壷を付けるようになるものが多いと思います。また、黒い根は貧弱でぽろぽろと簡単に折れてしまいますので、植え替える時には細心の注意が必要です。また、つるが伸びすぎると、壷になる部分が巻きひげのようになって、壷を付けにくくなります。その時には、地面の生え際から、1〜2節残して、茎を切りつめてしまうと、脇芽が出て、やがて、立派な壷を付けるようになります。
沢山の壷を付けた株は、大変立派で見ごたえがあり、育てた努力が十分報われます。俊敏な動きはありませんが、植物の神秘を感じさせてくれるでしょう。