実を結ぶための花の戦略


 種子を生産し、子孫を残すために花を咲かせる植物は、いかにして花粉を柱頭(めしべ)に送紛してもらうか工夫を凝らしています。飛来する虫が着地しやすいように、花に着地するための足場(ランディング・プレース)を作ったり、どこに蜜や花粉があるかを知らせ虫を誘導するための標識(ネクター・ガイド)を作ったりしています。ここでは、特に変わった方法で虫の受粉を待つ植物たちを紹介します。

スタンホペア(Stanhopea tigrina)スタンホペア(Stanhopea tigrina)スタンホペア(Stanhopea tigrina)

コリアンテス(Coryanthes macrantha) 上の花は、ラン科の植物で南アメリカ原産のスタンホペア(Stanhopea tigrina)の花です。直径15cmになる大きな花は、とても奇妙な形をしています。花の寿命も3日くらいと、ランの仲間としては短いほうです。しかし、この花には強烈な匂いを持っています。安物の香水のようなものすごい強い匂いは、そう何日もかいでいたくありません。花の中心部には、3本指の手をすぼめたような形になっていて、真ん中の一本に花粉の塊がついています。指をすぼめて出来た空間の奥には半球状の窪みがあり、そこから、強烈な匂いが発生しています。
 虫が匂いに誘われて、この半球状の空間に飛んで入ると、あまりに強烈な匂いに一瞬クラッとするらしく、ふらふらと落ちます。すると、重力で3本指の先端のほうに落ちていき、その時に花粉の塊がつくそうです。残念ながら、日本では、この匂いに引き付けられる花蜂がいないので、その光景を見ることは出来ません。

 スタンホペアに近縁で、もっと変わった方法で受粉するのが左の写真のバケツラン(Coryanthes sp、コリアンテス)です。中南米に15から30種が分布しています。写真の種類(コリアンテス・マクランタ)は、トリニダード、ペルー北部などの原産で、この仲間としては一番最初に、有名な植物学者フッカーによって1831年に報告されました。とても花とは思えないような、風変わりでグロテスクな形をしています。学名のコリアンテスも、ギリシア語のヘルメット(コリス)の形をした花という意味で、ヘルメットランといったところでしょうか。下の写真は、つぼみが膨らんで開花する様子を順に示したもので、つぼみの状態でもヘルメットがシルエットになって見えています。花の寿命は短くて、2〜3日です。
コリアンテス(Coryanthes macrantha)

 虫を使って、とても複雑な方法で花粉を運搬してもらいます。文章だけで説明するのは難しいので、下の写真を使って説明します。左の写真の左側にある薄いしわしわのものががく片と花びらです。5枚ありますが、虫のためにはあまり意味を成さないので、開花するとすぐにねじれてしわしわになってしまいます。一枚の花びら(唇弁)だけが特別に発達してバケツのようになり、写真の右側に柄を介してつながっています。花の中心から下に、おしべとめしべが一体化した蕊柱がバケツの横に開いた隙間に覆いかぶさるようにして伸びています。写真の中央下に左向きに飛び出している白いものがそうです。
 右の写真の「X」と記号をつけた部分に2個の蛇口があります。そこから、液体がぽたぽたと垂れて、バケツの底部に貯まる「記号B」ようになっています。私の観察した花では30分から1時間に1滴程度の頻度で落ちていました。花が終わるころになると粘性が高くなって、落ちるときに糸を引くこともありました。液体を舐めてみたら、少し苦味のあるちよっととろっとした味わいでした。ただの水ではないようです。
 花のにおいも独特で、キノコと接着剤の溶剤をあわせたような強い香りで、「A」のドーム状になった部分(ヒポキル)で強く匂いました。ただ、後述する液体が匂うともいわれていて、その匂いが立ちのぼって、「A」のドームに溜まっていたのかも知れません。これは、特定の種類の花蜂のオスを引き付ける匂いだそうです。ハチは、その匂いに引き付けられて「A」にやってきて、歩き回るうちに、滑りやすいためか、匂いに酔うためか、足を滑らせ、「B」のバケツに落ちます。中には液体があり、おぼれるとあわてたハチが、唯一横に空いている脱出口「C」から抜け出します。そのとき、「C」の上にある花粉の塊がハチの背中につきます。出口の内側にめしべがあり、外側におしべがあるので、一度目はハチに花粉が付くだけで受粉はしません。二度目にハチが別の花のわなにかかったとき、一度目の花粉が二度目の花のめしべに付くようになっています。こうして、自家受粉を防いでいるのです。
 コリアンテスは、樹上に着生して生活していて、アリの巣になっていることが多いそうです。コリアンテスのバルブ(偽球茎)には、アリがあけた穴が空いていることが多いです。このため、栽培には酸性の培地が必要だという人もいます。しかし、ミズゴケで植えて、最低15度以上に栽培すれば、育てられるようです。2枚ずつ出る薄い葉をなるべく枯らさないような管理すると、よく育ちます。薄い葉は、極端な乾燥と、農薬害と、低温に弱いようです。
コリアンテス(Coryanthes macrantha)
アリストローキア・ギカンティア(Aristolochia gigantea) アリストローキア・ギカンティア(Aristolochia gigantea) アリストローキア・ギカンティア(Aristolochia gigantea)

パイプカズラ(Aristrochia elegans) この写真はアリストローキア・ギカンティア(Aristolochia gigantea)というウマノスズクサ科の植物です。グロテスクな花は、20cm位の直径です。この色と雰囲気は、怪我をした動物の膿みかかった傷口にそっくりです。立派な花ですが、1日か、気温の低いときでも2日位しか持ちません。真ん中に開いた口は、パイプ状になっていて、その先には、ピンポン玉を小さくしたような球形の部屋になっています。パイプの口には毛が生えていて、おまけにねずみ返しのように口が飛び出しています。このような形と色に引かれて、虫が花の穴から入ると、容易に抜け出せないような構造になっています。右の写真は、先ほどのアリストローキア・ギカンティアと同じ属のパイプカズラ(Aristolochia elegans)です。ギカンティアに比べると花はやや小さいですが、模様がきれいです。この花はよく種子を作ります。熟して開いた朔果は、まるでさかさまの落下傘のようです。中に入っている種子は、平べったく紙のような厚さの丸い形をしていて、風でひらひらと朔果から飛んでいきます。

 このような傷口のような雰囲気の花を咲かせる植物として、スタペリア(Stapelia)というガガイモ科の植物や、ラフレシアという寄生植物があります。スタペリアで代表的な種に、サイカク(犀角、Stapelia hirsta)があります。黄土色のヒトデ型の直径7-10cm程度の花を夏に咲かせます。花には、えび茶色の剛毛が密生しています。花の中央部は、ちょうど血が乾燥して黒くなったような色をしています。また、花の匂いも、肉の腐ったような腐臭です。とても臭い匂いです。下の写真の一番右で、花に白く点々と写っているのは、ハエの卵と孵化したばかりのウジです。開花してから、数時間で、すぐにハエがやってきて産卵しました。ウジは、食べ物を探して動き回りますが、花は食料にはなりませんので、餓死してしまうか、アリの餌食になってしまいます。下の3枚の写真がサイカクです。寒さに弱いことを除いては比較的丈夫な栽培容易な植物です。初夏に花を咲かせることが多いです。冬は水を止めて乾燥状態で最低10℃以上に保たないと、腐ってしまうか、生育が極端に悪くなってだんだん弱っていってしまうようです。
サイカク(犀角、Stapelia hirsta)サイカク(犀角、Stapelia hirsta)サイカク(犀角、Stapelia hirsta)
 

オウサイカク(王犀角、Stapelia gigantea) オウサイカク(王犀角、Stapelia gigantea) サイカクに似て、もっと巨大な花をつけるのが、このオウサイカク(王犀角、Stapelia gigantea)です。左の写真に写っている男性の手と比べてもわかるように、直径20cm近くの巨大な花をつけます。サイカクほど強くはありませんが、やはり腐臭がします。その強さは時刻や天候、開花からの時間で変わります。右は、中心部を拡大したところです。表面に生えている赤い毛の密度の違いで、傷口から血がにじんでいるような見事なグラデーションになっています。縁には白い長い毛が密生し、まさに、白い毛を持つ獣の体にぱっくり開いた傷口のような感じですね。やはり、ハエがやってきて花に卵を産み付けます。日本で栽培すると、秋から初冬によく花を咲かせてくれます。

パフィオぺディラム(Paphiopedilum Orchira 'Chillton')パフィオぺディラム(Paphiopedilum Orchira 'Chillton')アングレカム(Angraecum sesquipedale)
 上の左と中央の写真は、
パフィオぺディラム(Paphiopedilum cv.)という、やはりラン科の花です。中央に袋状の特殊な形の唇弁があって、蜜を求めて袋に落ちてしまった虫は、出口を探して、ずい柱(中央の写真の逆ハート型の部分)の両脇の隙間から這い出ようとします。そこには花粉が用意されていて、次の花に落ち込んで脱出する時に、その花粉が柱頭に受粉します。進化の進んだランの仲間は、送紛を依頼する虫が一種類に限定されていて、特殊な関係を結んでいるものが多数あります。ですから、特定の虫が絶滅すると、それを便りにしていたあるランも繁殖できなくなり、やがて絶滅してしまうのです。上右の写真は、マダガスカル原産のアングレカム(Angraecum sesquipedale)です。この花には、写真で下に紐状に下がっている距(きょ)という部分があって、その中に蜜があります。距の長さは30cm以上あり普通の虫では蜜を吸うことが出来ません。そこで、ある生物学者が、この花を見て30cm以上の距に溜まっている蜜を吸える昆虫の存在を予言しました。その予言どおり、その後、長い口吻をもった蛾が発見されました。
カタセタム(Catastum pireatum)カタセタム(Catastum pireatum)

 このほかにも、ばね仕掛けで、受粉させようとするランがあります。カタセタム(Catastum pireatum)という、熱帯アメリカ原産のラン科植物です。左の写真のような、直径8cm以上のかなり大きな花をいくつも下垂させます。この写真は黄緑色の花ですが、個体によって、緑色、クリーム色、黄色、赤色など、変化があり、たしか、ベネズエラの国花になっていたと記憶しています。雌雄異花で、最初は雄花をつけますが、環境の変化や老熟で、雌花をつけるようになります。雄花を拡大した写真が右です。写真の花の中央、ずい柱の下に、緑色の細いひげ状のものがあります。昆虫が花の蜜(中央より下に開いた穴の中にある)を吸いに訪れると、このひげ状のものにふれます。これは、てこになっていて、ずい柱の先端にある花粉を飛ばすばねをはずします。すると、ものすごい勢いで塊の花粉が飛び出します。秒速数mに達するスピードです。花粉には、粘着部分があって、当たったものに付着するようになっています。いたずらに、指でひげ状の部分に触ってみると、「パチン」という音がして、一瞬何が起こったかわかりませんでしたが、気がついてみると見事に額に花粉が張り付いていました。小さな虫ならば、衝撃でかなりダメージをうけるのではと、少々心配になりました。これは、全く機械的なプロセスで、花が終わりかけてもきちんと動作します。そして、一度しか動作しません。同じように、目にもとまらぬ速さで花粉を昆虫につけようとするのが、トリガー・プラントです。こちらは、何度も動作可能な大変面白い仕組みを持っています。


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